また君に会いたいとか

日々の備忘録

【今日の曲】「ケ・サラ(Che sara)」 僕たちの人生は 平和と自由もとめて生きていけばいいのさ

 

こんにちは、トパーズです。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。

 

 

 

母の入院で高松に帰る前、

大学では学祭の準備が始まり出すのを見て、

どうしてもこの歌が学祭とリンクしてしまうので、

いろいろ調べて

私のプライベート用のPCにメモしていました。

 

ですが高松への帰省時、

プライベート用PCを持って帰らなかったので

ブログにアップすることができませんでした。

 

 

このハテナブログの「下書き」には、

本当に下書き状態だったスピッツの歌詞解釈や

好きな歌の記事等が残っていたので

それらを加筆修正しながら

高松では何とかアップしていました。

 

 

福岡に戻り、プライベート用PCを開く頃には

もう学祭も終わっていましたが、

どうしても最後まで書いておきたいと思い、

加筆修正しながらアップすることにしました。

 

 

 

 

「ケ・サラ(Che sara)」 (1971年)

   歌:リッキ・エ・ポーヴェリ

     ホセ・フェリシアーノ

   作詞:フランコ・ミリアッチ

   作曲:ジミー・フォンタナ

      カルロ・ペス

 

 

1971年のサンレモ音楽祭で発表され、

2位に入賞したそうです。

カンツォーネをベースにしたポップスです。

 

「ケ・サラ」は、

「どうなるんだろう、まあ、

 なるようになるさ」という意味だそう。

 

 

元々の歌詞はイタリア語で、

特に目立った産業や資源もない

貧しい田舎町に生まれ育った若者が

懐かしい町や人々、恋人を捨ててもなお

退屈な町を出て、

当てもなく都会へ向かうという

故郷を後にする悲しみや不安、期待を歌ったもののようです。

 

だから題名も、「まあ、なるようになるさ」ということなんですね。

 

 

同じように国や故郷を後にする多くの若者の共感を呼び

ホセ・フェリシアーノは、

イタリア語をはじめスペイン語、英語バージョンもリリースして

とりわけ中南米の人々の心を打ったようです。

 

 

きっと、いつの時代・国・地域でも

同じように共感する人は多いのでしょうね。

 

 

 

ところが、私が最初に聴いたこの歌の歌詞は

前述の内容とはかなり違っています。

 

 

私の場合、大学の新歓行事で初めてこの歌を知りました。

学祭や事あるごとに歌われていて、

歌詞が書かれたガリ版印刷(死語?)のチラシを貰って

いつの間にか覚えて歌えるようになっていました。

 

 

特に学祭の季節になると思い出す歌です。

 

 

イメージ画像

 

 

今でも歌われているのでしょうか?

 

 

抑えきれない怒り こらえきれない悲しみ

そんなことの繰り返しだけど

決して負けはしないさ

 

ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ

僕たちの人生は

平和と自由もとめて 

生きてゆけばいいのさ (✳)

 

泣きはらした夜 迎える朝のまぶしさ

涙の乾く時はないけど

決して倒れはしないさ

 

(✳)繰り返し

 

いつも思い出すのさ 自由のために死を選んだ

グェン・バンチョイ ジョー・ヒル

ヴィクトル・ハラを

決して忘れはしないさ

 

(✳)繰り返し

 

広く高く大きく 明日に向かって力強く

人間の優しさを うたえ うたえ

うたえ うたえ うたえ

 

うたえ うたえ うたえ

人間の優しさを うたえ うたえ

明日に向かって力強く

広く高く大きく

 

(✳)繰り返し

      (訳詞:にしむらよしあき(西村義明))

 

 

あまり、

「まあ、なるようになるさ」って感じはないですよね。

 

この歌を、この歌詞で記憶している人は

どれくらいいるんでしょうか?

 

 

やがて社会人になってから、

これとも違う訳詞で歌われているものも聴くようになり、

いったいどの訳詞が本当なんだろうと、

今回調べてみるにいたったのです。

 

「これが正しい」という訳詞はない、

というところのようです。

 

 

 

この歌が日本に入ってきて

この日本語訳(にしむら訳)が付けられた頃には

学生運動はもう終焉を迎えてたのではないかと思い、

調べてみました。

 

訳詞を付けたにしむらさんは、

ベトナム戦争で最終的にアメリカが撤退し、

当時のベトナム反戦運動が勝利に湧く機運の中で

この歌のメロディーに乗せて

平和と自由を求める歌を歌いたいと思い

この訳詞を付けたそうです。

 

歌詞にある

グェン・バンチョイ

ジョー・ヒル

ヴィクトル・ハラ は、

実在していた人たちの名前です。

 

グェン・バンチョイは

南ベトナムの反政府活動家で、

アメリカの傀儡政権によって

公開処刑されています。

その愛国心や、最後まで毅然とした態度であったことから

英雄として、ベトナムのみならず

多くの人々の記憶にあるようです。

 

ジョー・ヒルは、

無実の罪で殺害された

シカゴの反体制労働者シンガー。

 

ヴィクトル・ハラも

チリの反体制シンガーで、

投獄後二度とギターを弾けないよう

両手首を切断されてもなお

周りの人々を勇気づけるため

歌を歌い続けたと言われています。

 

この3人は実在していたということは、

大学生当時には聞いていたけど、

今回改めて調べてみて驚きました。

想像を絶する、とても勇敢な人たちだったんですね。

 

 

私が大学生の頃の大学は

学生運動の殺伐とした雰囲気など微塵もなく、

反戦反核草の根運動などが平和的に謳われていて

そんな集会が行われているそばを

ただ横目で通り過ぎて、

時には友人と集会に参加したりもしていた私などは

いわゆる「ノンポリ(死語?)学生」だったでしょう。

 

平和や自由など当たり前にあるし、

現に自分たちは平和で自由じゃないか、

そしてそれらは永遠に続くものだと思っていました。

 

あれから数十年、

だからこそ、

それらを求めて血や涙を流した人々を忘れず

平和や自由を有難く思い、

それらが全ての人に永遠に続く術を

私たちなりに模索していかないといけませんね。

 

現に、今だに戦争は起きているのですから。

 

ウクライナガザ地区での惨劇は

記憶に新しいどころか

毎日のように報道されています。

 

人質が解放されたというニュースの後に

学校が襲撃され数十人が亡くなったという不条理を

無情にも淡々と聞かされます。

 

皆誰かの大切な家族や友人であるはずなのに。

本当は一人だって亡くなってはいけない命なのに。

 

 

人は皆、

平和に暮らしたいと思っているはずなのに、

争い事がなくならないのは

どうしてなんでしょうね。

 

 

ちょっと重苦しい話題になってしまいました。

 

 

 

この歌は他にも、岩谷時子訳で、

越路吹雪さんや岸洋子さん等が歌っています。

こちらの訳も、

人生を前向きにさせてくれる素敵な歌詞です。